SSブログ

想念観察 (6) [考察:スピリチュアルなテーマ]

(2)想念観察+αの方法:

今回は前回の続きです。「想念観察を続けるだけで心の掃除ができるのか」という点について、前回はひたすら続けていけばよいと書きました。

このことはある期間想念観察を続けてみた結果として私自身が感じていることです。ただし、この実感を得るに至る途中では「本当に観察するだけでよいのか」という疑問を抱いたこともあります。

それでいろいろと調べてみたり、自分でも工夫してきました。それらを+αの方法ということでご紹介します。

真理の言葉に照らすという方法

まず一つ、想念観察がある程度進んだ段階で、浮かんできた想念を真理の言葉に照らしてみるという方法が見つかりました。

真理の言葉というのは「全ては一つである」とか「すべての現象は自分が作り出している」といった宇宙の法則、スピリチュアル系の教えのことです。想念を真理の言葉に照らしあわせる作業を行うことで、それらの想念の波動の中和が図られるということです。

この真理の言葉はどこかに公式教義としてまとめられているものではなく、各自のスピリチュアル系の学びの中でのある段階で自分にとって真理と思える言葉という意味合いです。これをあまり固定化したものとは考えないほうがよいです。

この方法はなるほどとは思いましたが、自分にとっての真理の言葉が何なのか明確でなかったので、試してみることはしませんでした。

ホ・オポノポノ

それで私にとっての+αの方法は何かというと、ホ・オポノポノでした。ホ・オポノポノの教えの中では特に想念や想念観察という言葉は用いられていませんが、知れば知るほど、想念観察と似ているように思えたのです。

まずホ・オポノポノでは自分で問題と感じることをクリーニングします。その問題とは何か、ホ・オポノポノも続けていくとこの疑問にぶつかります。問題とは既に現象として発生しているトラブルや悩みだけを指しているわけではありません。

結局、起こること全てがクリーニングの対象というような境地になっていくのですが、それは心に浮かんでくる想念のクリーニングにほかならないと思うのです。そのために想念観察という方法を知っておくとクリーニングの助けになります。

一方、「想念観察だけで心の掃除ができるのか」という私自身の疑問に対してはホ・オポノポノでは「ホ・オポノポノによる問題解決のプロセス」として明確に答えてくれています。

ということで私の中では、想念観察もホ・オポノポノも心の浄化のためのツールという認識であまり区別はしていません。

そして、これらの心の浄化という行為を続けていると次第に個人の中で無限に近い数の想念が飛び交っていることに気づき、さらに、それらを観察しているもう一人の自分がいるという感覚が芽生えてきます。

ここまでが一区切りで、その先は「頭で考える」とか「エゴ中心」という発想から徐々に脱皮して、自然と調和したというか、人間本来のあり方に気づき、またその方向にそって生きていくという段階に入っていくと感じています。私自身は最近になってやっとその入り口に到達したばかりです。

<参照記事>
ホ・オポノポノ (2)
ホ・オポノポノ (4)



コメント(0)  トラックバック(0) 

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。